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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)254号 判決

控訴人 稲葉武夫

被控訴人 佐藤はる子 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決中控訴人敗訴部分を、「被控訴人らは控訴人に対し、原判決添付物件目録記載の不動産につき静岡地方法務局伊東出張所昭和四七年五月九日受付第七、一八六号でした抵当権設定の仮登記に基き、昭和四三年一二月一八日付設定契約を原因とする抵当権設定の本登記手続をせよ。」と変更する旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、被控訴人ら代理人において、被控訴人らの被相続人である訴外亡佐藤房枝の最後の住所は、静岡県伊東市池二九三番地の四であると述べ、控訴代理人において右事実を認めると述べたほかは、原判決事実摘示と同一である。

理由

当裁判所は、当審における新たな弁論の結果を斟酌しても、控訴人の抵当権設定本登記手続請求は失当であると判断するものであるが、その理由は原判決がその理由において説明するところと同一であるから右説明を引用するほか、次のとおり付加説明する。

限定承認は、相続人が被相続人に属した一切の権利義務を承継するが、相続財産について清算をして完済できなかつた債務については責任を負わないという効果が与えられる相続形態であるところ、限定承認の効力は相続開始の時に遡るため、右時点において相続財産につき清算を行うべきこととなる結果、相続債権者は、相続財産について抵当権等の優先権を主張し得るためには、相続開始の時点において右優先権について第三者対抗要件をも具備していることを必要とするのである。従つて被相続人が設定した抵当権が相続開始当時未登記であれば、相続債権者は、たとえ相続開始後に対抗要件を具備するに至つたとしても、その後に限定承認があれば、限定承認の効果は相続開始の時に遡つて生ずるものである以上、右抵当権をもつて他の相続債権者に対抗することはできず、また、本件におけるが如く、相続開始後において抵当権につき仮登記がなされた場合においても、仮登記は後日なされる本登記の順位を保全する効力を有するにとどまるものであるから、仮に後日右仮登記に基く本登記がなされたとしても、右と同様に右抵当権をもつて他の相続債権者に対抗することはできないものというべきである。

更に、被相続人が設定した抵当権の権利者が、相続開始後限定承認をした相続人に対して抵当権設定の登記手続の請求をしたとしても、相続人は、右請求に応ずれば民法第九二一条第一号の規定により単純承認をしたものとみなされるのであるから、限定承認が無効である等例外的場合を除き、かかる請求に応ずる義務はないのである。

これを本件についてみれば、訴外亡佐藤房枝は、昭和四三年一二月一八日控訴人から金三〇〇万円を弁済期昭和四四年三月一七日、利息月三分、毎月一五日払いの約で借受け、期日に元利金の弁済ができなかつたときは原判決添付物件目録記載の物件を含む房枝所有の不動産につき抵当権を設定することを約したが、期日までに元利金の弁済をしなかつたため、約旨に従つて控訴人に対して右債務のため本件不動産につき抵当権設定登記をすべき義務があつたところ、昭和四七年四月三日死亡し、その相続人である被控訴人らは、昭和四七年六月三〇日静岡家庭裁判所熱海出張所に対し限定承認の申述をして受理され、一方控訴人は、房枝死亡の後になつて静岡地方裁判所沼津支部の仮登記仮処分命令に基き本件不動産につき静岡地方法務局伊東出張所昭和四七年五月九日受付第七、一八六号をもつて右抵当権設定の仮登記を経由したので、被控訴人らに対し右仮登記に基く本登記手続を求めるというのであり、仮登記が相続開始以前にすでになされていたのではないのであるから、さきに説明したとおり、右請求は、被控訴人らの限定承認が無効である等の特別の事由がない限り肯定し難いものといわなければならない。しかして右の如き特別の事由の存することについては、なんらの主張も立証もないのである。

してみれば控訴人の右請求を棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項の規定によつて本件控訴はこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九五条および第八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 平賀健太 安達昌彦 後藤文彦)

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